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「玉の輿の日」と由来となったお雪の波乱万丈の人生を紹介!

2017/03/31

1月20日は「玉の輿の日」。そんな日が制定されていたんですね。

玉の輿という言葉は、最近あまり使われることはありませんが、結婚したい女性なら、ちょっと憧れませんか?

ということで、
・「玉の輿の日」がどうして制定されたのか
・「玉の輿」ってどういう意味なのか
・玉の輿に乗った女性ってどんな人なのか
気になったので、調べてみることにしました。

「玉の輿の日」が制定されたいきさつは?

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京都祇園の芸妓お雪が、アメリカの富豪ジョージ・デニソン・モルガンと結婚したのが、1904年(明治37年)1月20日。「玉の輿の日」が、1月20日に制定された由来とされています。モルガン家は、当時アメリカの五大財閥で、ジョージは創始者のJ.Pモルガンの甥です。

日本にも「モルガン」とつく会社がありますが、今でも、アメリカで絶大な力を持つ金融財閥です。

芸妓とアメリカ人の富豪の結婚は、明治時代でなくても、相当めずらしい話ですよね。

1901年(明治34年)、傷心旅行で日本を訪れたジョージが京都の「都をどり」で舞う芸妓、お雪と出会います。当時ジョージ30歳、お雪20歳。ジョージは、熱心にお雪に求婚し、お雪が結婚に承諾するまで、3回来日したそうです。

ジョージはお雪を身請け(みうけ)するために、4万円(現在の4~5億円)という、破格の金額を用意しました。

当時お雪には、川上という京大生の恋人がいました。しかし、身請けというルールに、芸妓が逆らえるはずもありません。お雪は川上と別れ、ジョージと結婚しました。

お雪の心情はわかりませんが、お金目的だけで、明治時代にアメリカに渡る決意は、できないのではないでしょうか。熱心に求婚するジョージに、純粋に惹かれていった気もするのです。

その後のお雪の人生は?幸せだったの?

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日本でお雪は「日本のシンデレラ」と呼ばれる一方、マスコミには「金に目がくらんだ女」とはやし立てられました。また、当時アメリカは、移民を厳しく制限していたため、お雪はアメリカ国籍を持つことができなかったりと、多くの試練が待ち受けていました。

アメリカで生活することを断念した二人は、ヨーロッパに渡ります。しかし、お雪34歳のとき、ジョージは44歳で、心臓麻痺で亡くなってしまいます。お雪は、モルガン家と遺産相続で裁判になりますが、勝訴し、莫大な遺産を手に、フランスで悠々自適な生活を送ります。

その後、第二次世界大戦で、ヨーロッパに危機が訪れたため日本に帰国しました。しかし、日本で財産を差し押さえられるという困難が襲います。

それでも、故郷である京都を守るため、夫の友人を通じ、京都を爆撃しないよう働きかけた、と言われています。今でも祇園では「お雪のおかげで京都は助かった」という伝説が残っています。

終戦後、71歳でキリスト教の洗礼を受け、養女とともに京都で静かな余生を送り、1963年(昭和38年)81歳で亡くなります。

時代の大きな波と「玉の輿」がゆえの波乱万丈な人生だったんですね。

「玉の輿」ってどんな意味?「玉の輿に乗る」の由来は?

玉の輿とは「貴人の乗る美しく立派な輿」という意味です。

お金持ちや、身分の高い人と結婚した女性を「玉の輿に乗る」という言い方をするようになったのは、どうしてでしょう?

有名なのは、徳川五代将軍、綱吉の生母桂昌院からきているという説です。

桂昌院は若いころお玉という名前で、京都の八百屋の娘と言われています。町人の娘だったお玉が、武士の養女になったことをきっかけに公家での奉公、大奥入り、春日局に仕えるまでになりました。そして、三代将軍家光の側室となり、ついには、将軍の生母にまで登りつめます。

ただ、これは俗説と言われ、本当かどうかはわからないそうです。ですが、お玉が多くの寄進をした京都の今宮神社は「玉の輿神社」と呼ばれ、今では、婚活中の女性が参拝に訪れることで有名になっています。今宮神社は、参道に売られている「あぶり餅」でも有名ですね。

まとめ

「玉の輿の日」に興味を持って調べていったら、玉の輿に乗った二人の女性の、波乱万丈な人生を知ることができました。

お雪とお玉は、それぞれ大富豪と将軍に見初められ、玉の輿に乗ることができました。しかし、お雪は亡夫の家族と、遺産相続でもめたり、お玉も、大奥で壮絶ないじめにあったと言われています。

玉の輿に乗るのには、相当の覚悟も必要なのかもしれませんね。

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