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節分や豆まきの由来は?豆まきには、どんな意味がある?

2017/03/30

「鬼は外!福は内!」

と、子どもの頃は、意味もわからず
節分を楽しんでいましたが、
改めて、きちんと日本の伝統行事や由来について
学びたいと思うようになりました。

そこで今回は、節分や豆まきの由来について、
調べたことをまとめました。

節分とは「季節の始まりの前日」

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節分とは、「季節の分け目」のことを指し、
季節の始まりである「立春、立夏、立秋、立冬」の、
それぞれ前日を言います。

そのため、「節分」も年4回ありますが、
「年の始め」である立春(2月4日頃)の前日を
特に大切にしました。

今では2月3日(年によって前後する)の
節分のみが行事として残りました。


ちなみに、節分は、2020年までは2月3日ですが、
2021年:2月2日
2022年~24年:2月3日
2025年:2月2日
となっています。


「年の始め」は元日(1月1日)じゃないの?

と思いますよね。

旧暦を使っていた昔の日本は、
春を一年の始まりとしていたので、
一年が始まる立春の前日を、重視していました。


旧暦の元日は、
1月21日ごろから2月20日ごろまで(毎年移動)。

暦の上での年越しや正月の行事もありましたが、
それとは別に、一年の始まりの前日の「節分」も
行っていたというわけです。

今でいう、年度のはじめといったところでしょうか。


ちなみに、2038年は、

旧暦の元日と立春が重なる「朔旦立春(さくたんりっしゅん)」
となり、
大変縁起がよいそうです。

節分に豆をまくようになった由来は?豆まきの意味は?

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「豆まき」は、おはらいやお供えもの、飾りものといった、
日本の行事に多く見られる形式とは違い、
「積極的に鬼を攻撃する」という能動的な行事です。


豆まきは、平安時代初期から行われている
「追儺(ついな)」が由来とされています。

邪気や魔物を追い払うもので、
中国の行事がルーツとなっています。

4つの金色の目を持った面をつけ、
矛(ほこ)と楯(たて)を持った役人が、
大内裏(平安京の宮殿)を掛け声をあげながら回ります。

4つの目で見ると、魔物の姿が見えるのです。
大臣など位の高い貴族は弓矢で援護をしたり、
でんでん太鼓を鳴らして厄を払いました。


あれ?豆が出てきませんね。もう少し調べてみます。

古くから、穀物や果物には
邪気を払う霊力があると考えられてきました。

中国にも、小豆や他の穀物を投げて邪気を払う
という風習があります。


日本で大豆をまくようになった由来には、

こんな伝説があります。

平安時代、京都の鞍馬山の鬼が都を荒らしていたため、
祈祷をし、炒り豆(大豆)で鬼の目をつぶして
退治したというものです。

豆は「魔の目を打つ」「魔を滅する」
ことができる穀物というわけです。
「炒る」は「射る」に通じるとも言われます。


また、平安時代には、公家たちの間で、
節分の日に、翌年の恵方(吉方位)の宿に泊まる
という風習がありました。

室町時代に簡略化され、
家の中でにある、恵方の部屋に豆をまくようになりました。
これが、庶民の間でも豆まきをするようになった由来です。

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まとめ

節分や豆まきは、宮中や公家の行事と伝説がミックスされて、
庶民に広まっていった行事だったんですね。

一年の計は元旦から、と言いますが、
正月は、どうしてものんびりしてしまいます。

気分を新たに、今年はがんばろう!と思ったら、
厄をはらい、福を呼び込む節分の行事を
きちんとやるのも、いいかもしれませんね。

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