気になるトレンドキーワード

今日は何の日・季節のキーワード・地域のイベントを紹介!

雑学

眞子さま婚約で注目の女性宮家問題とは?皇位継承者は何人?

2017/05/21

http://kininaru-trend.net

秋篠宮ご夫妻の長女の眞子さまが、大学時代の同級生の男性と婚約されるというニュースが流れました。(2017年5月16日)

お相手は、国際基督教大学(ICU)時代の同級生で、法律事務所勤務の小室圭さん。一橋大学大学院にも通われています。お二人とも25歳です。

また、小室さんは2010年度の「湘南江の島 海の王子」にも選ばれています。テレビでみた方もいると思いますが、さわやかイケメンという感じでしたね。

眞子さまは、天皇の子や孫にあたる女性皇族「内親王」で、宮内庁は同じく内親王として結婚した黒田清子さんの例も参考に、準備を進めています。

今後、結婚までに想定される儀式は、一般の結納にあたる「納采の儀(のうさいのぎ)」、結婚式の日取りを正式に決める「告期の儀(こっきのぎ)」、平安時代の装束で皇室の祖先などをまつる皇居の宮中三殿に参拝し、天皇皇后両陛下にお別れのあいさつをする「朝見の儀(ちょうけんのぎ)」があります。(参照:NHK NEWS WEB)

眞子さまのご婚約は、とてもおめでたい話題ですが、皇位継承問題女性宮家問題について、あらためて気になってきました。

そこで今回は、皇位継承、女性宮家問題について、現在の皇室と宮家の状況をふまえてお伝えします。

現在、皇位継承権があるのは?皇太子が即位するとどうなる?

スポンサードリンク

皇位継承の話題に必ず出てくる「皇室典範」。これは、皇位継承や摂政など、皇室に関することを規定した”法律”です。現在の皇室典範は、戦後の1947(昭和22)年に制定されました。

第一条には「皇位は、皇統に属する男系の男子が、これを継承する。」とあります。

皇室典範にもとづいた皇位継承者は、
1位:皇太子徳仁(なるひと)親王(今上天皇の長男)
2位:秋篠宮文仁(あきしののみや ふみひと)親王(今上天皇の次男)
3位:悠仁(ひさひと)親王(今上天皇の孫/秋篠宮文仁親王の長男)
4位:常陸宮正仁(ひたちのみや まさひと)親王(今上天皇の弟)
4人ですが、4位の常陸宮正仁親王は、今上天皇(平成天皇)の弟で、80歳代とご高齢です。また、お子さんはいません。

こういった状況から、皇太子殿下が天皇に即位したときに、代理で公務ができる男性の皇族が、極端に少なくなり、天皇への負担がさらに増す可能性が出てきます。

女性天皇、女系天皇の問題もありますが、それとは別に、宮家が減ってしまうことで公務の負担が大きくなったり、支障が出ることから浮上しているのが「女性宮家」問題なのです。

現在の宮家はどんな状況になっている?

スポンサードリンク

現在、宮家は「秋篠宮」「常陸宮」の他に「三笠宮(みかさのみや)」、「高円宮(たかまどのみや)」で全部で4つ

まず、「三笠宮」は、昭和天皇の弟・三笠宮崇仁(たかひと)親王が創設。崇仁親王は2016年に100歳で亡くなり、現在は妻の百合子妃が当主となっています。

息子は3人いましたが、「ひげの殿下」の愛称で知られる長男の寬仁(ともひと)親王は66歳で、次男の桂宮宜仁(かつらのみや よしひと)親王も66歳、三男の高円宮憲仁(たかまどのみや のりひと)親王は47歳で亡くなっています

三笠宮を継ぐはずだった長男の寬仁親王は、娘が2人で男子がいません。次男の宜仁親王は独身(戦後初の独身での宮家設立)だったため「桂宮」は断絶しました。

もう一つの「高円宮」は憲仁親王が亡くなり、現当主は妻の久子妃。こちらも男子がおらず娘が3人で、次女の典子さんは、2014年に出雲大社の権宮司・千家国麿(せんげ くにまろ)さんと結婚されました。

他にも、宮家には「秩父宮(ちちぶのみや)」「高松宮(たかまつのみや)」がありましたが、いずれも断絶しています。

つまり、宮家には男子がおらず、お子さんは女性ばかりなのです。

皇室典範の第十二条には「皇族女子は、天皇及び皇族以外の者と婚姻したときは、皇族の身分を離れる。」とあり、宮家は原則として結婚を機に創設されるので、女性宮家をつくることはできないという現状です。

ということで、宮家存続が、かなり危うい状況だとおわかりいただけたと思います。

そんな状況から、
・女性にも皇位継承権があってもよいのでは?
・女性宮家を創設してもよいのでは?
という議論がありますが、結論が出ていません。

また、”男系の男子”を存続すべき派には、戦後、皇籍を離脱した旧皇族を復活させてはという意見もあります。

まとめ

日本の歴史をさかのぼると、推古天皇などもいたので、女性天皇でもよいのでは?と思うのですが、反対する人の意見を聞くと「あくまで女性天皇はつなぎだった」といいます。

日本初の女帝といわれる推古天皇は、欽明天皇の皇女(娘)で、敏達天皇の后(妻)です。また、持統天皇は天智天皇の皇女で、天武天皇の后です。

二人とも天皇に即位したのは、天皇の娘というより、天皇が暗殺されたり、夫が亡くなった非常事態だったということが理由です。

また、明治天皇の玄孫(やしゃご)で、旧「竹田宮」の竹田恒泰氏は、以前テレビ番組で「女性宮家を創設すれば、皇室とつながりのない男子が皇室に入ることになる。それを防いできたのが天皇の歴史で、女性蔑視ではなく男性を排除してきた」といったことを話していました。

賛否両論、いろいろありますが、思う以上に早く結論を出さないといけない問題だとわかりました。

もっといろいろな意見を聞いて、自分なりに考えてみたいなと思います。

▼こちらもどうぞ
記事まとめ

スポンサードリンク

-雑学