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八朔の旬はいつ?「八朔」の由来は?夏みかんとの違いは?

2017/05/27

http://kininaru-trend.net

果物のハッサクは、漢字で書くと「八朔」。八朔とは旧暦8月1日(新暦8月下旬~9月中旬)のことです。名前の由来は「昔はこの時期に食べられていたから」と辞書にも書かれています。

しかし、八朔の食べ頃は2月~4月中旬。8月下旬から9月中旬では果実が小さすぎて食べられなかったことから、かなり疑わしい説といえます。

とはいえ、他の説が見当たらないので、なんとも言えません・・・。

夏のみかんというと「夏みかん」の方が浮かびますよね。でも、八朔と夏みかんの違いは?と聞かれるとイマイチわかりません。

そこで今回は、八朔と夏みかんの違いについて、そして「八朔」を調べる中で出てきた八朔」の祝いについてお伝えします!

八朔と夏みかんの違いって?

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八朔と夏みかんは、いずれもミカン科ミカン属の木に成る植物で、ルーツは、東南アジア・中国南部・台湾などが原生地の文旦です。

見た目を比べると、八朔の方が表面がつるっとしています。味は、夏みかんの方が酸味が強いのが特徴です。

八朔の生産地、旬、発祥は?

八朔の生産地は、和歌山がダントツ1位で全国の67%を占めています(平成25年度)。次に広島、愛媛、徳島と続きます。

収穫は12月~2月中旬頃。収穫直後は酸味が強いため、1~2ヶ月貯蔵され出荷されます。そのため、食べ頃は2月~4月中旬になります。また、木成りで完熟させたものは3月中旬頃に収穫されます。

八朔の原木は、江戸末期、広島県因島市田熊町の浄土寺の住職・小江恵徳上人(えとくじょうにん)の生家近くに生えたものです。現在、その原木の切り株が浄土寺に保存されています。

八朔が因島で発見された理由は、気候が温暖で柑橘類が育ちやすかったこと、東南アジアまで勢力を伸ばした村上水軍が、遠征先から苗木や果実を持ち帰ったからとも考えられています。

「ハッサク」と名のついたのは、1886年(明治19)年と言われています。先ほどもお伝えしたように、なぜ、果実が小さく食べられない8月1日=「八朔」という名前になったかは、疑問が残ります。

夏みかんの生産地、旬、発祥は?

夏みかんの主な産地は、愛媛、和歌山、静岡で、この3県で全国の約4分の3を占めています。

夏みかんの食べ頃は4月下旬~5月下旬。酸味が強すぎるため、酸味が落ち着くのを待って収穫します。ただ、寒さに弱い性質があり、冬に木が耐えられず実を落としてしまうことがあるため、気温が低くなる地方では、年末から年明けに収穫し、貯蔵して酸味を落ち着かせるようにしています。

夏みかんの原木は、山口県長門市仙崎大日比で発見されました。この木がなぜ植えられたのかははっきりしませんが、文旦系の柑橘類が、この付近の海岸に漂着し、種子をまいたのではと言われています。

当初は酸味が強く、ゆずの代用にしていましたが、幕末期にたまたま夏(旧暦)に収穫したところ、酸味が落ちておいしくなっていたことから、みかんを表す「ダイダイ」から「ナツダイダイ」と呼ばれるようになりました。

旧暦8月1日の「八朔」の祝いとは?

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あまり聞きなれない「八朔の節句」ですが、江戸幕府の大きな祝い事で、明治の初めには祝祭日になっていました。

朔日(さくじつ)とは1日(ついたち)のこと。八朔は「八月朔日」で旧暦8月1日、新暦では8月25日ごろから9月23日ごろまでを移動します。

八月朔日・八月一日と書いて「ほずみ」と読む、めずらしい名字があります。「穂摘み」という意味で、台風が多い日を指す二百十日を乗り切り、無事に稲刈りができるよう、稲の穂を摘んで神に供えるという神事が由来です。

ちなみに、「八月朔日」は茨城県つくば市、栃木県、福島県などに、「八月一日」は特に群馬県に多く見られます。

また、旧暦8月1日に「タノミ」という、初穂を贈り合う風習があったと南北朝時代の文献にあります。それは「田の実」と「頼み」の2つの意味を持っています。

これは、元々お互いに頼みになる人に初穂を贈る農民の風習で、鎌倉時代には武家でも行われるようになり、室町時代には幕府の公式行事になりました。その時から使われるようになったのが「八朔」という言葉です。

室町中期に成立した「鎌倉年中行事」には、室町幕府の出先機関である鎌倉府で「八朔礼」「八朔御祝」と称される儀式が行われ、関東の武士や寺社が刀剣や馬などを鎌倉公方に贈り、鎌倉公方もお礼の品を下賜したことが記されています。

江戸時代には、1590年8月1日(旧暦)に、徳川家康が初めて江戸に入府したことにちなみ、「八朔の祝儀」として盛大に祝われました。

八朔」の祝いは、農民の風習が武家の行事になり、江戸時代に庶民に広まったものなのです。

八朔は、明治3年の布告によって「八朔田実の節句」として祝祭日になりますが、明治6年の祝祭日の再規定で消えてしまいました。

しかし、今でも「八朔の祭り」として、山梨県都留市、茨城県大洗町、熊本県山都町など、各地で風習が残っています。

まとめ

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「八朔」の祝いは、「頼みになる人に初穂(贈り物)を贈る」というのが起源でした。

一年の半分が過ぎ、後半もよろしくという意味で、あなたの”頼みになる人”にプレゼントを贈る日にしてもいいかもしれませんね。

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