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8月9日は長崎原爆の日|救護活動に奔走した永井医師とは?

2017/06/11

http://kininaru-trend.net

8月9日は長崎原爆の日

1945(昭和20)年8月9日午前11時02分にアメリカ軍が長崎市に原子爆弾を投下しました。

世界で初めて核兵器が実戦使用されたのは広島、そして最後に使用されたのが長崎です。

この日、長崎の平和公園では、長崎平和祈念式典が行われます。

広島よりもテレビ・ラジオで取り上げられることが少ないのが残念ですが、日本人として絶対に忘れてはいけない日ですよね。

筆者は高校生の頃、学校で映画『この子を残して』を観たことが強い印象として残っています。

そこで今回は、長崎の原爆被害について、そして「長崎の鐘」や「この子を残して」などの著書であり、原爆の救護活動に奔走し43歳で亡くなった永井隆医師について紹介します。

長崎の原爆被害は?教会、連合国軍の兵士、二重原爆被害の悲劇

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8月9日11時02分に投下された原爆では、約7万4千人が亡くなり、長崎市の4割近い建物が全焼または全半壊しました。

8月6日の広島の惨状を聞き、長崎へも新型爆弾が落とされる可能性があると考えた知事が、対策会議を開いたその時、原爆が投下されたと言われています。

爆心地は長崎市中心部から3㎞離れた浦上地区で、その時間、浦上天主堂(カトリック浦上教会)では、告解(こっかい・ゆるしの秘跡)が行われていました。

そのため、司祭をはじめ、十数名の信者が爆発の熱やガレキの下敷きになり、全員が即死しました。また、長崎医科大学でも大勢の患者や職員が犠牲になっています。

日本人だけでなく、長崎市内の捕虜収容所にいたイギリス人、オランダ人など連合国軍の兵士からも多数の死傷者が出たと言います。

さらに、広島で被爆し、長崎の親戚を頼って疎開してきた人など、二重に原爆の被害にあった人もいました。

「この子を残して」の著者、救護活動に奔走した永井隆医師とは?

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長崎の鐘』『この子を残して』などの著書を残した医師の永井隆は、1908(明治41)年に島根県松江市に生まれました。祖父は漢方医、父も医師でした。

1928(昭和3)年、松江高校を卒業し、長崎医科大学(現:長崎大学医学部)に入学。当初は内科医を目指していましたが、中耳炎で右耳が不自由になり、放射線医学を専攻するようになります。

永井は、浦上天主堂近くのカトリック教徒の家に下宿しており、一人娘で、のちに妻となる緑の影響もあり、カトリックの洗礼を受けています。

1933(昭和8)年には満州事変、1937(昭和12)年には日中戦争にも軍医として従軍しました。

戦時中は結核のX線検診に従事しましたが、フィルム不足など診断の環境が悪く、1945(昭和20)年6月には被曝による白血病で、余命3年の宣告を受けます。

そして2ヶ月後の8月9日、長崎に原爆が投下され、爆心地から700mの長崎医科大学の診察室で被爆、右側頭動脈切断の重症を負いながらも、布を頭に巻いただけで救護活動に当たります。

自宅に戻ったのは、2日後の8月11日。子供達は疎開していましたが、妻は、骨片だけの状態となっていました。

その後も、頭部の重症で危篤状態になるも奇跡的に回復し、救護活動に従事、その合間に『原子爆弾救護報告書』を執筆したり、白血病で倒れても長崎医学会で『原子病と原子医学』をテーマに研究発表を行いました。

代表作である『この子を残して、1948(昭和23)年に書かれたもの。1983(昭和58)年に木下恵介監督で映画化されています。

『この子を残して』は、自分の子供を残して死んでいく悔しさと、自分の専門である放射線による病気と戦争で死んでいく悔しさを訴えたものです。

永井は、1951(昭和26)年5月1日に白血病による心不全で、43歳で亡くなりますが、死後に出版されたものも含めると、13の作品を残しています。

余命宣告を受けた後に、原爆で被爆し、満身創痍の身体で救護活動と執筆を行った、その生命力、精神力には、すごいものがあるなと感じます。

まとめ

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永井隆医師は、原爆で焼けた町を「花咲く丘」にしようと、1948(昭和23)年に、浦上天主堂などに桜を植えました。

ほどんどの桜は代替わりしたそうですが、今も「永井千本桜」と呼ばれ、毎年春に花を咲かせています。

長崎は、被爆建物を残すより、復興を優先的に行ったといわれ、広島の原爆ドームのような遺構はほとんど残っていません。

しかし、再建された美しい浦上天主堂を見て、それが一瞬にして破壊されたことを想う、ということもできます。

遺構が残っているかどうか以上に、起こった出来事を忘れない、ということが大切ではないでしょうか。

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