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8月19日は俳句の日!正岡子規の壮絶な創作人生とは!?

2017/06/24

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8月19日は俳句の日

正岡子規研究者の坪内稔典(としのり)らが提唱し、1991(平成3)年に制定されました。

8(は)1(い)9(く)の語呂合わせでもあり、夏休み中の子供たちに、俳句に親しんでもらう意味で、この日になりました。

坪内氏は、俳人で、京都教育大学名誉教授。というと、堅いイメージを持つかもしれませんが、
たんぽぽのぽぽのあたりが火事ですよ
春の風ルンルンけんけんあんぽんたん
三月の甘納豆のうふふふふ
など、ユニークで軽快な作風で知られています。

テレビの「プレバト!」の俳句の才能査定ランキングで、夏井いつき先生の辛口批評が、観ていて楽しく、俳句が身近になった気がします。

この番組でも、個性あふれる俳句が登場しますが、俳句を、個人の創造性を出す文芸として確立させたのが「正岡子規」です。

そこで今回は、
・正岡子規が確立した「俳句」その歴史は?
・寝たきりでも創作!正岡子規の壮絶な人生とは?

についてお伝えします!

正岡子規が確立した「俳句」その歴史は?

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俳句は、「俳諧連歌(はいかいれんが)」から生まれました。

連歌は、平安時代後期ごろに生まれたもので、和歌の「五七五七七」の上の句(五七五)と下の句(七七)を、別の人が詠んでいくものです。

連歌に遊びの要素を入れて、作られるようになったのが「俳諧連歌」です。さらに、発句の「五七五」のみを独立させて、庶民が遊びで作るようになったものを「俳諧」と呼びました。

その俳諧を、芸術的なものに高めたのが松尾芭蕉です。江戸時代初期の俳諧師で『奥の細道』が有名ですよね。

松尾芭蕉の後の代表的な俳諧師は、江戸時代中期の与謝蕪村(そさぶそん)と、江戸時代末期の小林一茶です。

江戸時代には、俳諧と同じく「五七五」で詠まれる川柳も誕生しました。

川柳も俳諧連歌から派生したものですが、季語の約束がないなど、規則にとらわれない自由なところが俳諧との違いです。

俳諧を、個人の創作性を重視して、俳句として確立したのが正岡子規です。子規は、江戸時代後期の俳諧を月並みなものとして批判し、芸術性の高い芭蕉の俳諧を、俳句と同一のものとする考えをもっていました。

そのため、芭蕉の俳諧が、現在の俳句の源流と言われています。

寝たきりでも創作!正岡子規の壮絶な人生とは?

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正岡子規は、幕末の1867年に、現在の愛媛県松山市に生まれました。

13歳で、旧制松山中学(現・松山東高)に入学。16歳で同校を中退して上京し、受験勉強のために共立学校(現・開成高)に入学しました。

松山中学、共立学校で同級生だったのが、のちの海軍中将・秋山真之(さねゆき)です。

司馬遼太郎原作で、NHKでドラマ化された『坂の上の雲』では、正岡子規を香川照之さん、秋山真之を本木雅弘さんが演じていました。

その後、東大予備門(東大教養学部の前身)に入学、そこで生涯の友となる夏目漱石と出会います。

22歳で東京帝国大学哲学科に進学、しかし「哲学はわけがわからん」と、翌年に国文科に転科します。

「子規」という雅号をはじめて使ったのは1889(明治22)年、21歳のときです。

子規とは、ホトトギスのこと。のちに創刊する俳句雑誌も『ホトトギス』と名付けました。

その年に、子規は喀血。当時、不治の病いと言われた結核でした。そんな自分を「鳴いて血を吐く」といわれるホトトギスに重ねたのです。

25歳で大学を中退、叔父の紹介で日本新聞社に入社し、松山の母と妹を東京に呼び寄せます。

子規は、病いの中にありながら、旺盛な創作意欲と好奇心を発揮しました。

新聞に俳句を連載し、俳句の革新運動を行ったり、日清戦争の従軍記者として中国に渡ります。

しかし、その中国からの帰りの船で、大量に喀血し、病状が決定的に悪化する原因になりました。

故郷松山での療養生活では、親友の夏目漱石の下宿で過ごしています。漱石は、当時、松山中学に教師として赴任していました。

有名な子規の俳句「柿食えば 鐘が鳴るなり 法隆寺」は、世話になった漱石の「鐘つけば 銀杏ちるなり 建長寺」への返礼の句です。

最後は、結核菌が脊椎を侵す「脊椎カリエス」の激痛の中で創作を続け、寝たきりになっても自宅で句会を開くなど意欲的に活動し、34歳で亡くなります。

ちなみに、ベースボールを「野球」と翻訳したという、子規の有名なエピソードがありますが、これは、事実とちょっと異なります。

野球と翻訳される4年前に、自分の幼名である「升(のぼる)」にちなんで、「野球(のぼーる)」という雅号を用いたことがあるため、子規が翻訳したといわれるようになったのです。

ただ、バッターを「打者」、フォアボールを「四球」など、今も使われる言葉を最初に考えたのは子規でした。

まとめ

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俳句を詠む、というと、ちょっとハードルが高い気もしますが、感じたことや情景を五七五にまとめるというのは、脳の活性化にもなりそうです。

何気ない日常を、俳句にしてみるのも、いいかもしれませんね。

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