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五節句の由来や意味は?節句と節分の違いは?

2017/06/05

3月3日のひな祭は桃の節句
5月5日は端午の節句

いずれも、五節句の一つですが、あとの3つは?
と聞かれても、すぐに答えられる人は少ないのでは
ないでしょうか。

そこで、「節句」や「五節句」の由来や意味をまとめてみました。
また、最後に節句と節分の違いもお伝えします。

「節句」「五節句」の由来や意味は?

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節句とは「年中行事の中で、特に重要な日」で、
中国の陰陽五行説(いんようごぎょうせつ)に由来しています。
日本には、遣唐使によって伝えられたと言われています。

節句は、年に何回もありましたが、
江戸幕府が公的な行事・休日として「五節句」を定めました。
それが、今日わたしたちが知る節句です。

◆五節句
1月7日 人日(じんじつ) 七草の節句    
3月3日 上巳(じょうし) ひな祭・桃の節句 
5月5日 端午(たんご)  菖蒲(しょうぶ)の節句 
7月7日 七夕(たなばた) 笹の節句
9月9日 重陽(ちょうよう)菊の節句

1月1日も節句ですが、さらに特別な節句として、
五節句には含まず、人日の節句を加えました。

五節句のうち4つは月と日が同じ数字。
中国の陰陽思想では、奇数(陽)が重なると、
陽が強すぎて、不吉と言われていました。

そのため、旬の食べ物から生命力をもらい、
魔よけをするという風習
がありました。


それが日本に伝わり、宮中の行事になりました。

宮中では、節句に節会(せちえ)と呼ばれる
貴族を招いた大きな宴会を開いていました。
ちなみに「おせち」は、節句料理が由来となった言葉です。

また、節句は、もともと「節供」という字でしたが、
稲作が中心の日本で、節目の日に神前に供物をささげることが
由来となっています。


五節句が、旧暦3月3日から9月9日に集中するのは、
稲作とも深く関係しています。

中国の魔よけの風習が、日本の宮中の行事となり、
稲作の儀式と合わさり、節句の行事となっていったのです。

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1月7日 人日(じんじつ) 七草の節句

七草粥で知られる日ですね。

中国には、元日から8日までの各日に、
鶏、狗(いぬ)、羊、猪、牛、馬、穀
を当てはめる占いの風習がありました。
晴天なら吉、雨天なら凶の兆しとされました。

人を占う1月7日には、邪気を払うために
「七種菜羹〔ななしゅさいのかん)」という、
7種類の菜が入った汁物を食べていました。


また、それとは別に、日本には、新春に若菜を摘んで食べ、
邪気を払うという風習がありました。

百人一首にも、
『君がため 春の野に出でて 若菜摘む 我が衣手に 雪は降りつつ』
と詠われています。

その2つが合わさり、人日の節句に七草粥を食べるという
風習が
生まれました。


一般的な七草は、

「せり、なずな、ごぎょう、はこべら、ほとけのざ、すずな、すずしろ」
ですね。

最近は、フリーズドライの七草も売っていて、
手軽に七草粥を楽しめるようになりました。

3月3日 上巳(じょうし) ひな祭・桃の節句

3月3日はひな祭で、おなじみですね。

上巳の節句と言われるのは、
古代の中国で、3月最初の巳(み)(上巳)の日に、
川辺で禊(みそぎ)をした風習からきています。

その後、自分の身代わりとなる紙の人形を
舟に浮かべ、海や川に流すようになりました。
流し雛(ながしびな)の由来となったものです。


その風習と、「ひいな遊び」という
貴族の女の子の人形遊びが合わさり、
室町時代に、ひな祭の原型ができました。

江戸時代になると、宮中や大奥でひな祭が盛大に行われ、
武家や町人にも広まっていきました。

5月5日 端午(たんご)  菖蒲(しょうぶ)の節句

「こどもの日」の5月5日。
元は、男の子をお祝いする、端午の節句でした。

端午というのは「月のはじめの午(うま)の日」という意味です。
「午」が「5」と同じ音であることから、
のちに、5月5日を端午の節句として定着していきました。

端午の節句の由来には、諸説あるのですが、
中国で、邪気を払うと言われたヨモギの人形を飾り、
菖蒲(しょうぶ)を門にかけたという風習が文献に残っています。

それが日本に伝わり、菖蒲湯に入るという風習になりました。


他の節句と同じように、最初は邪気を払う行事だったのですが、
鎌倉時代ごろに、男の子のお祝いとして定着していきます。

鎌倉時代は、日本初の武家が中心となった社会。
菖蒲は「尚武(武道を大切に思う考え)」と同じ読みをすること、
また、菖蒲の葉は刀剣の形に似ていることから、
男の子を祝う行事となっていったのです。

7月7日 七夕(たなばた・しちせき)   笹の節句

七夕といえば、
「おりひめとひこぼし」の伝説が有名ですよね。

おりひめは「織姫」と書くように、裁縫の仕事を司る星。

中国には、7月7日に「乞巧奠(きこうでん)」という、
織姫にあやかり、はた織りや裁縫が上達するよう、
祈る行事がありました。


また、日本では、7月に
神様に供えるために、
独身の若い女性が、川などの清い水辺にある
機屋(はたや)
にこもって着物を織りました。

その織り機を「棚機(たなばた)」と言います。

「織姫」伝説と、「棚機」の行事が合わさり、
七夕は「たなばた」と読まれるようになりました。


また、おなじみの「短冊に願いを書いて、笹の葉につるす」
という風習は、江戸時代に始まりました。

寺子屋で学んでいた子どもたちが、
習字が上達するよう、願いを短冊に書き、
笹に吊るしたのが始まりと言われています。

9月9日 重陽(ちょうよう)菊の節句

重陽は、あまり知られていませんが、
五節句の中では、一番パワーを持つ日と言っても
良いかもしれません。

奇数は陰陽思想で陽とされ、9はその極(一桁の最高数)で、
もっとも縁起がよい数字と言われます。

9月9日は、陽の極が重なる日で、
力が強すぎて不吉とされていましたが、
その後、転じて縁起のよい日となりました。


重陽は、菊の節句とも言われます。
中国では、菊は長寿の効能があるとされ、
重陽の節句では、菊の花びらを浮かべた菊酒を酌み交わしていました。

日本には平安時代に伝わりましたが、他の節句ほど、
庶民に広まらなかったことが、
あまり知られていない理由かもしれませんね。

節句と節分の違いは?

五節句は、江戸幕府が定めたことで、
今も広く知られているということがわかりました。

中国の陰陽思想が元になっていますが、
日本の風習も取り入れ、独自の行事になっているのが、
おもしろいですよね。

さて、節句と節分の違いですが、
まず、節分は「季節の変わり目」のことを言います。

日本には春夏秋冬を、さらに6つにわけた「二十四節気」があり、
それぞれの季節のはじまりが、立春、立夏、立秋、立冬です。
「節分」は、その前日を指します。

今では、立春の前日だけが、節分の風習として残りました。


そうした季節の変わり目とは別に、
行事として大事な節目の日としたのが、節句です。

特に、稲作が中心の日本では、田植えや収穫の時期が、
大きく影響しています。

ちょっとややこしいですが、
どちらも、日本の行事として大切にしていきたいですよね。

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