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バウムクーヘンの日の由来|日本を愛したドイツ人夫妻とは?

2017/05/26

3月4日はバウムクーヘンの日。

神戸市に本社のある、洋菓子メーカーのユーハイムが、
2010年に制定しました。

ユーハイムといえば、
バウムクーヘンが代表的なお菓子ですが、
なぜ、ユーハイムが「バウムクーヘンの日」を制定したのか?

その由来となった、日本を愛したドイツ人夫婦の物語と
バウムクーヘンの起源をご紹介します。

 

バウムクーヘンの日が制定された由来は?

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バウムクーヘンの日は、1919年3月4日に、
ユーハイムの創始者であるカール・ユーハイムが、
日本に初めて、バウムクーヘンを紹介したことに由来します。

ドイツ人の菓子職人カール・ユーハイムは、
1908年に、中国(当時は清)の青島(チンタオ)で、
菓子・喫茶の店に就職しました。

なぜ中国かというと、当時、青島はドイツの租借地で、
多くのドイツ人が移り住んでいたからです。
租借地は「条約によって借り受けた土地」で、
1890年代には、中国各地にロシアや欧州列強の
租借地がありました。


その翌年、23歳でその店を譲り受けたカールは独立。
1914年7月にはエリーゼ・アーレンドルフと
青島教会で結婚式を挙げました。

ところが、挙式の翌月に第一次世界大戦が勃発
ドイツの軍港だった青島は日英同盟軍によって陥落し、
日本軍に占領されたのです。

そして、カール・ユーハイムは妻子を残し、
1915年9月に捕虜として
広島の似鳥(にのしま)の収容所に移送されました。


1919年3月4日、カール・ユーハイムは、
広島県物産陳列館(のちの原爆ドーム)で開かれた、
ドイツ人捕虜の作品展示即売会にバウムクーヘンを出品しました。

これが、日本で初めて焼かれたバウムクーヘンです。

樫の木を芯棒にして、
手でまわしながら生地を掛けていくという、
手間と時間をかけた製法で、そのおいしさに日本人は驚き、
あっという間に売り切れたそうです。


その後、ユーハイム夫妻は1922年に
横浜で洋菓子店を開きますが、
翌年1923年に関東大震災で店を失います

しかし、困難にもめげず、神戸で再び店を開きました。
店は繁盛しますが、第二次世界大戦によって
営業を続けるのが難しくなり、
1945年6月の神戸大空襲で工場は焼け落ちます

そして、終戦の前日、1945年8月14日に
カール・ユーハイムは亡くなりました。


戦後、エリーゼはドイツに強制送還になりましたが、
再来日し、今の「ユーハイム」の出発点となる
会社の会長となりました。

捕虜として日本に来て、
数々の困難を乗り越えたユーハイム夫妻の歴史があって、
日本にバウムクーヘンが知られるようになったんですね。

バウムクーヘンってどんな意味?

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バウムクーヘンはドイツ語で、
木(バウム)+菓子(クーヘン)の意味で、
直訳すると「木のお菓子」です。

断面が年輪のようだからという説、
木の棒にに生地を巻いて作ったから
という説があります。

バームクーヘンと書かれることもありますが、
ドイツ語の発音に近いのはバウムクーヘンです。


バウムクーヘンの起源は、紀元前にさかのぼります。
古代ギリシャの「オペリアス」というパンで、
木の棒にパンの生地をぐるっと巻いて焼いたものです。

起源には諸説あるのですが、そのすべての原型が、
オペリアスと言われています。


バウムクーヘンは、
芯棒に生地を絡めて回転させながら焼き、
何度も生地を重ねながら焼いていきます。

焼くためには特殊なオーブンと技術が必要なため、
実は、本家ドイツでは一般的な菓子店にはなく、
専門店を探す必要があります。

また、バウムクーヘンは、
ドイツでも結婚式やお祝い事に用いられますが、
日本でも結婚式の引き出物として使われます。

断面の「年輪」が、長寿と繁栄を意味するからです。

まとめ

日本では数年前からデパ地下などで、
くるくるとバウムクーヘンを店頭で焼く専門店が出てきて、
ブームになりましたよね。

くるくる回りながら焼けていくバウムクーヘンに
見入ってしまったことがあります。

自分用にバウムクーヘンを買うことは、めったにありませんが、
バウムクーヘンの「年輪」に、ユーハイム夫妻の歴史を重ねて、
バウムクーヘンの日に、食べてみようかなと思います。

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